保津川下り
090928
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天龍寺・・・臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため、1339年(暦応2)夢窓国師を開山として創建。
室町時代には京都五山の第一位を占めた。創建以来八度にわたる大火で創建当時の壮大な面影はとどめていない。
現在の諸堂は明治になって再建された。方丈には藤原時代の釈迦如来坐像を安置。多宝殿は吉野朝の紫宸殿を模して建てた。
当時の原型を残す曹源池庭園は亀山や嵐山を借景にした池泉廻遊式で、夢窓国師の作庭といわれる。
日本で最初に史跡・特別名勝に指定され1994年(平成6)12月には「古都京都の文化財」として、「世界遺産条約」に基づく
世界文化遺産に登録された。建立:1339(暦応2)年
平成9年(1997年)加山又造画伯によって法堂(特別参拝)の天井に「雲龍図」が描かれた。
野宮神社
源氏物語「賢木の巻」に嵯峨野の野宮を光源氏がたづねるという一節がある。その野宮がここである
大河内山荘・・・この庭園は昭和初期の映画俳優大河内伝次郎(1898〜1962)が
百人一首で有名なここ小倉山からの雄大な風光に魅せられ、30年に渡り丹精こめて、こつこつと造りあげた優美な庭園です。
桜や楓が多く植栽された園内からは、嵐山に保津川の清流、比叡山や京の町並みなども眺められ、
四季折々に趣があります。近年、国の文化財に指定されました
常寂光寺・・・慶長年間に本圀寺の日しん上人の穏退所を寺にした。紅葉の美しい小倉山の中腹にあり、
常寂光土に遊ぶような風情があるとこの名がつけられた。高さ12メートル余の多宝塔(重文)が美しい。
小督局の遺品などがある。日蓮宗。
建立:1604(慶長9)年
ホームページ:http://www.jojakko-ji.or.jp/
山内は小倉山の麓から中腹に広がり楓樹に覆われた明媚な所である
落柿舎・・・向井去来(1651〜1704)は江戸時代の俳人、蕉門十哲の一人である。
去来は27歳の時に隠士となり、35歳で嵯峨野に庵を構えた。
39歳の秋頃から嵯峨の庵を「落柿舎」と呼ぶ。去来の『落柿舎の記』に、庭に柿の木が40本あり、
その柿の実が一夜のうちにほとんど落ちつくした。それが落柿舎の名の由来と書かれている。
本庵前庭に安永元年(1772)に俳人井上重厚が建立した去来の
「柿ぬしや梢はちかきあらし山 去来」という句碑等がある。
元禄4年(1691)芭蕉は落柿舎に滞在し、有名な『嵯峨日記』を執筆する。去来は凡兆と二人で蕉風俳諧の白眉、
俳諧の古今集と言われた『猿蓑』の編集をする。晩年『去来抄』を書き残し、蕉門の誉れ第一の俳人である。
二尊院・・・本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、
正しくは二尊教院華台寺。天台宗。承和年間(834-48)
慈覚大師円仁が開基。応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。
広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれる。建立:834-847年(平安時代)
二尊院はその名の如く来迎(阿弥陀)如来と発遺(釈迦)如来の二尊を安置する
滝口寺
2月12日更新
平家物語の悲恋物語の主人公・滝口入道と横笛の座像が安置されている
祇王寺
2月12日更新
平家物語の哀話で知られる白拍子の祇王・祇女・仏御前の合葬墓がある。
壇林寺
2月12日更新
中国から来朝した僧・義空を師としてこの寺で禅が唱え始められた。
化野念仏寺・・・空海(弘法大師)が五智山如来寺を建て野ざらしの遺骸を埋葬。のち法然が念仏道場としてから
今の寺名に改めた。本堂は1711年(正徳2)寂道上人の再建。境内8,000体の石仏・石塔群は、
化野に葬られた人たちの墓で毎年8月23・24日に灯明をあげ、幽玄な千灯供養を行う。浄土宗。
千灯供養予約制廃止建立:平安時代
ホームページ http://www.nenbutsuji.jp/
法然上人がここに念仏道場を開いたことから化野念仏寺と呼ばれることになった

宝筐院

足利義詮の塔所で、院号により宝筐院という。南北朝時代敵味方に分かれた楠木正行と足利義詮の墓が仲良く並んでいる。
これは義詮が正行の人柄を慕い、そばに葬るように遺言したためといわれる。臨済宗の単立寺院。
庭園内には多くのモミジやドウダンツツジがあり晩秋初冬にはみごとな紅葉を見せる。建立:1072〜85年頃(平安時代)
ホームページ http://www.houkyouin.jp/

直指庵
2月12日更新
直指庵を訪れた女性の多くがこの寺に備えられている「思いで草」というノートに青春の心うちを書き残している。
大覚寺
2月12日更新
もとは嵯峨天皇の離宮としてつくられ、その後寺院となる。南北朝対立期の大覚寺統の精神的支柱の役割を果たした。

パソコン記念日

1979(昭和54)年のこの日、日本電気(NEC)がパーソナルコンピュータPC-8000シリーズを発売し、
パソコンブームの火附け役となった。

明日もより好い日でありますように。 Let's, Have a good dream, tonight ! Oyasumi nasai